太陽号は何処へ
お盆休みといえば帰省やお墓参りというのがよく思い出されますが
ウチの場合は私や嫁さんの実家が自宅から10km圏内にありまして
(お互いの実家にはいつでも帰れるというのもあって)
お盆休みには必ず実家に帰らなければ・・・
ということも特にありません。
もちろんお墓参りには行きますが・・・
今年もそんな感じで自宅で“ゆっくりまったり過ごす盆休み”となる
予定ですが、子供の頃は責任もなんもなく ただ遊び呆けてばかりで
楽しかったよなぁ~とふと思い返したりしていました。
そして色んなことを思い出している内にとても懐かしいものを・・・
“太陽号”
小学校の頃
よく夏休みになると親戚の家とか泊まりに行っていました。
父の実家が久保田町で昔はよく泊まりに行っていたのですが
とにかく田んぼが多くて広くてほとんど外でばっかり遊んでいました。
親戚の家というと・・・
「虫取り」「川遊び」「爆竹」「スイカ」「蚊帳」
そして・・・ 「夜に行く汲み取り式トイレの恐怖」などなど
で、その中でも一番の楽しみというのがあって
それは近くの公民館がある広場とかによく来ていました。
『太陽号』は今で言うと移動するコンビニのようなもので
(当時はまだ佐賀にはコンビニがなかったと思います。)
マイクロバス(3~4tクラスの大きさ?)の中で食料品や生活用品
そして駄菓子などが売ってありました。
太陽号の車体の色は確か赤だったよーな?
当時はどこからともなく聞こえてくる近所の子供たちの
「あっちに太陽号の来とってばーい!」という声で
小銭をもってかけて行った記憶があります。
特に普段住んでいないところだったので
いつ行っても何回行っても太陽号の存在というのは新鮮でした。
太陽号を追いかけて行くのが本当に楽しくてわくわくして・・・
売ってある物はといえば近くにあるスーパーとかの方が
はるかに品揃えもよかったのですが
太陽号を追いかけて、そして中に入ってモノを買うこと自体が
楽しくてたまらなかったんだと思います。
そして“わらび餅”売りの自転車のおじちゃんと太陽号のコラボなんて
(たまたま偶然同じ場所に来ただけだろうけど)
もうホント興奮しまくりでした!
「おじちゃーん きな粉ばいっぱいつけてねーっ!」
わらび餅の器(モナカでできた舟みたいなやつ)も全部食ってた。
おじちゃんの自転車の“チリン チリーン♪”というのも懐かしいなー
小4で少年野球をはじめ、中学高校と部活漬けの日々・・・
親戚やいとこのところに泊まりに行くことも次第になくなり
いつの間にか太陽号の存在さえ忘れてしまいましたが
出来ることならもう一度のあの中で買い物がしたい
そしてもう一度追いかけてみたいなぁ
太陽号
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