ラストエスケープ Ⅱ
おばちゃんは私の目の前にいた。
あの洋館の外で初めて会った時の優しそうで温和な表情も今はない、無表情・・・ 相手を射抜くような冷たい視線が恐怖心を更に増幅させた。
なぜ彼女はここにいるのだろうか?
友人がいなくなったのは彼女が何か関係しているのだろうか?
猫や犬の死体は彼女の仕業なのか?
中学校で見かけたのは単なる偶然なのか?
彼女はここで一体何をしようとしているのだろうか?
全てが分からなかった。
お互い微動だにせず 向き合ったままの状態。数秒?数十秒くらい経ったのだろうか・・・ こうやって向かい合って彼女の顔をよく見ていているとある記憶がよみがえってきた。少しでも他のことを考えると忘れてしまいそうなほどのかすかな記憶。あの時あの洋館で〔巻き戻された猫〕を目の当たりにした時はあまりのショックでその前の記憶が飛んでしまっていたようだ。
洋館を出た後?いやもっと前・・・ 〔巻き戻された猫〕を見る前に洋館内で彼女を見ていた。この記憶が確かなものだったら・・・ 彼女が今ここにいる理由というのも理解出来なくもない。ただ今はそんなことを悠長に考えている状況ではないことだけは確かだった。その記憶を確認して確信に変える為にも、まずはこの状況を打破しなければならないのだ。
機をうかがっていた。瞬発力で劣る事はないだろう・・・
もう限界だ
私は机の上に置かれたままの包丁に視線を移すと彼女の視線もそれに導かれるように私からそれた。「今しかない!」 相対した時の間合いから考えるとまず捕らえられることはないと判断し、私は身体を反転させて急いで階段方向へと一歩踏み出した。
更に二歩目を踏み出そうとした時に右肩に激痛が走った。異常な握力で肩を掴まれていた。とても女性の力だとは思えないほどで指先が深く食い込んだ右肩からは骨のきしむ音が聞こえてくるようだった。私は身を屈めながら腕を上げて彼女の手を振り払うとバランスを失いそのまま階段から転落してしまった。
見えざるもの
階段から転落後、幸いにも大ケガはなかった。激しい物音を聞きつけて来た母親に事情を説明すると私のただ事ではない表情からこの状況を即座に理解してくれた。そして父親もまだ仕事から帰宅していなかった為 これ以上は自分達の力ではどうしようもないので警察に電話をして来てもらうことにした。
彼女は2階にいる。何も物音はしない・・・ 息を潜めてこちらの出方を伺っているのだろうが、もうすぐ警察がやって来る。階段を通らなければ外へは出られないので私は玄関にあった金属バットを持って階下で見張ることにした。
相手は包丁を持っているが、こっちにはバットがある。しかも階段の上と下とでは圧倒的に下側が有利である。リーチの差も地の利もあるので包丁を投げでもされない限りは恐れることはない。
警察が来た。 二人か・・・
小声で事情を説明すると二人の警官は距離を空けて階段を上がっていった。前の警官は拳銃を両手で構えたままで後ろの警官はやや距離を置いて片手で拳銃を構えている。前を行く警官は階段を上がり終える直前に拳銃の安全装置を解除し、そのまま滑り込むように私の部屋に入り込み そしてすばやく拳銃を構えた。
静寂・・・
しばらくすると部屋から「誰もいませんよ?」という警官の声が聞こえた。おそらく窓から屋根伝いに逃走したのだろうというともう一人の警官が言った。このあたりは家と家の間隔が非常に近い為に子供でも用意に隣の屋根に飛び移れるほどの距離であった。念のために他の部屋や押入れの中などを調べるまでは2階に上がってこないようにと指示をされた。
結局 彼女はどこにもいなかった。警官からは何かあったらすぐに連絡するように言って 家を出た。その後、母親が念の為に2階を見てまわったがやはり何もいなかった。
そのまま1階で食事を済ませ 2階の自分の部屋に戻ろうと階段を上がっていった。彼女がいないと分かっていてもなぜか鼓動が早まっていくのが分かった。だがなんとなくいるような気もした。
やはり部屋には彼女が立っていた。自分の頭の中で模索していたことが少しずつつながってきた。彼女は警察が来た時にいなくなっていた訳でも隠れていた訳でもなかったのだ。
彼女はずっとここにいたのだ。
私にしか見えていないのだ。
再び・・・
翌日、私はあることを確かめる為 放課後になると部活を休み そしてひとりで洋館へ向かった。
洋館は前に来た時と違う点があった。ひとつは犬と猫の死体がないということ、そして警察が事故の現場などに貼る黒と黄色のテープが建物に貼られていたということだった。ドアのところにも同じようにテープが貼られていたのでそれと取り去り 建物の内部へと入っていった。
外はまだ明るいが建物内部は照明が点かないというのもあり真っ暗だった。懐中電灯を取り出すと床の上に散乱している写真の中からひとつを取り上げた。
数匹の犬や猫に囲まれた幸せそうな3人の家族写真。奥さんと思われる人物には見覚えがあった。あのおばちゃんだった・・・ それとその写真の中には小さな女の子もいた。
亡きもの
その日の夕方、循誘小学校に強盗に入った犯人のことがTVニュースで流れていた。
「この容疑者の指紋認証の結果、他にも余罪があることが分かりました。○年前、○○町の△△さん宅へへ侵入し、自宅にいた奥さんと娘さん そしてペットを数匹殺害した犯人であることが判明しました。△△さんはまだその時は仕事から帰宅しておらず幸いにも・・・」
TVにはその事件があった建物が映し出された。
紛れもなくさっきまで自分がいた場所だった。
では自分が見た彼女というのは・・・
エピローグ
洋館の外でそしてその他の場所へ現れた彼女は私たちに何を伝えようとしていたのだろうか・・・ 私たちが洋館を荒らそうとしていたと思い それを止める為だったのか・・・ もしくは自身をを殺害した犯人を・・・
あの時 中学校で見かけた彼女は私たちの前に現れたのではなく、犯人のところへと行こうとしていたのかもしれない。
あの建物は現在も残っているが、今は他の人が住んでいるようだ。当時と違い 外まわり周辺もきれいに整備されているので退廃的な雰囲気は全くないが、何故か「朽ちた木」だけはそのままだった。
時々この洋館の前の道を車で通ることはあるが、離合しにくい道の狭さは当時からあまり変わっていない。社会人になったばかりの頃に車で通った時、一定の間隔にある離合場所で対向車とすれ違った。運転していたのはあの時見た3人家族の写真の父親に見えたが、それもただの気のせいかもしれない。
洋館の前を通る時にふと視線を横に移した。
庭先で小さな女の子とその母親が楽しそうに遊んでいた。
-あとがき-
長かったぁ~
まさかこんなに長くなるとは思いませんでした。ブログ上でこんなしょ~もないことをやってスンマセンでした。
全編通して「ノンフィクション」でいくつもりでしたが無理でした。『全編~中篇』までは完全ノンフィクションで、『中篇´』のサブタイトル【結論】からはほぼ「フィクション」です。
つまり洋館の存在と潜入、散乱した写真、巻き戻された猫、洋館を出た後のおばちゃん、校庭にヘリコプター、小学校に強盗(白昼の)は全て実話です。
もちろん自宅におばちゃんは現れないし、ピストル持った警官も来ていませんし、強盗した人に余罪もありません。
それと「突然いなくなった友人」は最後まで話がつながるネタが思い浮かばなかったので、シラーッと触れずに終わらせましたが、夜逃げしたことにでもしておいて下さい。(笑)
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